漢詩とは――。
大人の教養、知性の最高峰、時空を超える異才たちの文学。
ディストピアとユートピア、欲望と無心、絶望と希望、知と情。
希望なき世界を見た詩人が到達した境地。
それを知らないまま大人になるなんて!
【本文より抜粋】
日本の文学として高校三年生で必修になっていた「漢文」は必修ではないし、
それ以上にもう森鴎外の『舞姫』も、夏目漱石の『こころ』も学びません。
多くの高校生が「国語」の授業で学ぶのは、「論理国語」と呼ばれる「契約書」などの文章なのです。
漢文は、「簡素」をもって「旨」(もっとも大切なこと)とします。
漢文を使って文章を書いていた人たちは、書いたものを何度も頭の中で繰り返し、
不必要なものを切り捨てていきました。
書き捨てる文章とは違って、何かを伝えようとする熱いものがあればあるほど、
文章は複雑な層が重なりあうような姿になっていきます。
漢文や漢詩を読むために必要な基礎知識は、はっきり言ってありません。あるとすれば、
「自分がどう生きるのか」を考えることが、漢文や漢詩を理解し楽しむ道を作ってくれるでしょう。
序 章 時空を超えて共振する
音によって感情を共有/『楚辞』が示す感じ方の違い、生き方の違い/文明を「編集」した孔子/「よこしまな思いのない詩」とは/知の『詩』、情の『楚辞』/そして心の奥深くまで届く
第一章 陸游、絶望のなかのユートピア
泡沫のユートピア/驚きの時間感覚/千年前の溜め息/詩を書いて心を満たす/きっといつかは桃源郷に/むなしさを埋めるための九千首
第二章 漱石、東洋的理想郷への希求
江戸の終焉とともに/寄席と漢詩と子規と/子規からの最後の手紙/不連続の連続/死を意識して/「隠逸」という理想/「則天去私」へと続く道/漱石、最期の詩
第三章 杜甫、生きるためのラブレター
五言絶句の奇跡/杜甫を絶句させた天才/四千年に一度の出会い/続かなかった「平和な時代」/李白を想い続けて/政治批判の詩を書いても伝わらず/破壊された長安で/酒で憂さを晴らす日々/弱い者への視線/漢詩の原点/李白の死、杜甫の死
第四章 蘇東坡、「楽しむ」へのこだわり
左遷と豚肉/文人一家と保守・革新の攻防/「死の覚悟」から始まる/「寒食帖」の数奇な運命/「所有」を問う/文人の願い/宿敵に詩を贈る/「楽しむ」という言葉は唐代から/時の流れと老い/憂いを忘れる/笑いの「豊かさ」
第五章 河上肇、共産主義と挫折と
桃源郷への道/共産主義という理想/獄中で漢詩を学ぶ/ユートピアはどこにある/社会を変革するか、社会から逃げるか/儒家が目指した理想郷/「碩鼠」と孔子と河上肇/友人に疎まれ、動けず、気力もなし/「桃花源詩」に見るユートピア/仙人になるための薬/結界を引くようにして
終 章 古代中国の「心」を探る
音で楽しむ/数学との共通点/書き捨てる文とは違って/心を共鳴させれば/漱石」「獺祭魚」からさかのぼる/音を並べる技「平仄」/意味を深める技「対句」